聖 句
「天におられる私たちの父よ、御名が尊まれますように。御国(神の国)が来ますように。」(マタイ福音書6章9-10節)
天変地異の世界
地球温暖化が進み、世界の各地に大洪水や旱魃(かんばつ)、そして大規模森林火災など起きています。さらに海面上昇や地震と津波による被害も起きています。北極に近い地域も雪が溶けて船が航行しやすくなり、この地域を獲得しようと大国は動いています。世界の飽くなき経済活動は、さまざまな環境問題を生み出したばかりでなく、経済的格差も生み出したのです。一国主義は様々な格差を助長します。環境問題も経済問題も地球規模で国際的取り組みが必要とされる時代になっています。そうしなければ、今以上に過酷な自然環境と苦しい経済状況になるからです。一国だけでは解決できない問題ですが、同時に私達は今、個人的にも何ができるのか問われています。不安要素が様々な形で起きている世界情勢の中で、誰もが思うことは、この世界は結局、最後はどうなるのだろうか、破局に向かっているのではなかろうかと心配になります。
聖書には、世の終りがあると書かれています。上記の聖句で「御国(神の国)が来ますように」と述べていますが、まだ来ていないので来ることを願っているという意味ではなく、キリストの到来と同時に神の国は既に来ていて、始まっているが、まだ完成していないという意味です。キリストは既に設計図ともいえる神の国の譬え話を語り、その建設はキリストと共にキリスト者や善意ある人々が進めているのです。様々な困難が伴うが、世の終わりのときは破滅ではなく、完成の日になるとキリストは教えています。だからキリスト者は希望を失うことがありません。
私たちの生きている社会はどこの国でも、憎しみ、不正、争い、虚偽などによって混乱されがちであり、多くの人々が苦しんでいます。このような状況であってもキリスト者は、完成の日に向けて日々努力し、逆らいの力と戦っているのです。一人一人が大切にされ、愛し合う社会になるように、そして国々がお互いに理解を深め、助け合い、世界が一つになって行くことを願っているのです。
現実の世界は、一つになろうとする働きに逆らう考えや力が益々大きくなる一方で、同時に様々な形で、協力し合おうという気運や世界情勢も見られます。世界の各地で様々な天災地変が起きていますが、その事によってお互いに助け合い、寄り添い、心が一つになろうとする動きも見られます。
キリスト者が信じていることは、この世の常識ではとても完成するのは実現不可能のようなことですが、世の終わりの時には神の助けによってこの世は一新され、互いに愛し合う人々が一つになる世界が来ると信じているのです。だからキリストが教えた「主の祈り」の一部であり、今月の聖句の一部でもある「御国(神の国)が来ますように。」と祈るのです。
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